秋まで一遍も顔を合わせずにしまった。私はその夏も殆ど山の家に閉じこもったままでいた。八月の間は、村をあちこちと二三人ずつ組んで散歩をしている学生たちの白絣姿《しろがすりすがた》が私を村へ出てゆくことを億劫《おっくう》にさせていた。九月になって、その学生たちが引き上げてしまうと、例年のように霖雨《りんう》が来て、こんどはもう出ようにも出られなかった。爺やたちも私があんまり所在なさそうにしているので陰では心配しているらしかったが、私自身にはそうやって病後の人のように暮しているのが一番好かった。私はときどき爺やの留守などに、お前の部屋にはいって、お前が何気なくそこに置いていった本だとか、そこの窓から眺められるかぎりの雑木の一本々々の枝ぶりなどを見ながら、お前がその夏この部屋でどういう考えをもって暮していたかを、それ等のものから読みとろうとしたりしながら、何か切ないもので一ぱいになって、知らず識《し》らずの裡《うち》に其処《そこ》で長い時間を過していることがあった。……
 そのうちに雨が漸《やっ》との事で上って、はじめて秋らしい日が続き出した。何日も何日も濃い霧につつまれていた山々や遠くの雑木
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