ともかくもそんな事を半ば後悔めいた気持でいろいろ考え得られるようになったのは、その朝の新聞を見るなり、急に胸を圧《お》しつけられるようになって、気味悪いほど冷汗を掻いたまま、しばらく長椅子の上に倒れていた。そんな突然私を怯《おび》やかした胸の発作がどうにか鎮まってからであった。
 思えば、それが私の狭心症の最初の軽微な発作だったのだろうが、それまではそれについて何の予兆もなかったので、そのときはただ自分の驚愕《きょうがく》のためかと思った。そのとき自分の家に私ひとりきりであったのが却って私にはその発作に対して無頓着でいさせたのだ。私は女中も呼ばず、しばらく一人で我慢していてから、やがてすぐ元通りになった。私はそのことは誰にも云わなかった。……
 菜穂子、お前はO村で一人きりでそういう森さんの死を知ったとき、どんな異常な衝動を受けたであろうか。少なくともこのときお前はお前自身のことよりか私のことを、――それから私が打ちのめされながらじっとそれを耐えている、見るにも見かねるような様子を半ば気づかいながら、半ば苦々しく思いながら一人で想像していたろうことは考えられる。……が、お前はそれに就い
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