でもなく、そうかと云って又古参という程でもないので、只なんという事なしに女房たちの中に雑《ま》じって、もとの朋輩《ほうばい》たちと気やすく語らってさえいれば好かった。もう別に宮仕えだけで身を立てようなどともしていないので、外の女房たちが自分よりも上の思召《おぼしめ》しが好かろうと羨《うらや》ましいとも思わなかった。そうして、古参の女房からいろんな昔の知りびとの噂などを聞いては、それを淡々と聞き過していた。一方、こうして此頃のように自分がそれに即《つ》かず離《はな》れずの気もちでいられるようになってから、漸く宮仕えと云うものの趣を自分でも分かりかけて来たような気もしないではなかった。
 或冬の暗い夜の事だった。上では不断経が行われていたが、丁度声のよい人々が読経する時分だというので、一人の女房に誘われるまま、女はそちらに近い戸口に往って、そこに伏しながら、それを聴いていた。暫くそうして聴いていると、其処へ殿上人らしい男が一人、そういう二人には気がつかないように近づいて来た。
「どなただか知らないけれど、急に隠れたりなんぞするのも見ぐるしいから、このままこうして居りましょう」と、相手の女房が云うので、その傍に女もじっと伏せていた。
 その男は、戸口の近くにそういう二人を認めると、前からの知合らしい一方の女房に向かって、非常に穏かな様子で詞《ことば》をかけた。「いまお一人はどなたですか――」などとも問うたが、女が困って何んとも返事をせずにいても、それ以上|執拗《しつよう》には尋ねなかった。そうしてそのまま二人の傍にすわりながら、そのどちらに向かってともつかず、世の中のあわれな事どもをそれからそれへと言い出して、女達にも真面目に問いかけたりするので、女もついそれに誘われて、いつか二こと三こと詞《ことば》を交わしていた。「まだ私の知らないこういうお方がいられたのですね――」などと珍らしそうに男は女の方を向いて云って、いつまでも気もち好さそうに話し込み、なかなか其処を立ち上がりそうにもなかった。
 星の光さえ見えない位に真っ暗な晩で、外にはときどき時雨《しぐれ》らしいものが、さっと木の葉にふりかかる音さえ微かにし出していた。「こういう晩もなかなか好いものですね。」男はそう云いさして、微かに木の葉にかかる時雨の音に耳を傾けながら、急に何か考え出したように沈黙していたが、それから徐
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