描かせた絵の中で、私の描いた海軍士官の絵だけが、ながいこと教室に張り出されていた事さえある。その絵が決して上手《じょうず》ではないこと、――ことに私が丹念《たんねん》に描き過ぎた立派な口髭のために、反《かえ》って変てこな顔になってしまっていることは、私自身も知っていた。しかし、その先生にはその絵がひどく気に入っていたらしかった。それは私がその海軍士官の腕に、私以外には誰もそれを思いつかなかった、黒い喪章をちょっと添えただけの事のためらしかった。(それは明治大帝がおかくれになってから間もない事だったからである。……)
さて、私がお竜ちゃんとおもいがけず再会して、それからほどもなかった、或る日の出来事に戻ろう。――屡※[#二の字点、1−2−22]《しばしば》、受持の先生たちが相談して、男の組と女の組とを互に競い合わせるために男の組の半分を女の教室へやり、女の組の半分を男の教室に入り雑《まじ》らせて、一緒に授業を受けさせることがあった。或る日、そういう目的で女の組のものが這入《はい》ってきたとき、私はその中にお竜ちゃんのいるのをすぐ認めた。その上、順ぐりに席に着きながら、私の隣りに坐らせら
前へ
次へ
全82ページ中72ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
堀 辰雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング