ゃん、早くいらっしゃいな……」皆に呼ばれて、お竜ちゃんは母に慌《あわ》ててお辞儀をして、私の方は見ずに、皆のところへ帰って行った。それからまた前のように、肩に手をかけあって一緒に走り出してから、暫《しばら》く立ったのち、彼女たちは一どに私の方を振り返ったかと思うと、どっと笑いくずれた。……
その翌日から、私はやっと一人で学校へ通い出した。そうして毎朝、誰よりも先きに行って、まだ締まっている学校の門が小使の手で開かれるのを待っている、几帳面《きちょうめん》な数名の生徒たちの一人になった。
そのうちにだんだん一人で通学することにも慣れ、頭の禿げた、ちょぼ髭の先生にも自分が特別に目をかけられていることを知るようになった時分には、それまでどうかすると内気なために他の者から劣り勝ちだった学課の上にも、急に著しい進歩を見せ出した。大抵の学課では、他の生徒たちにあまり負けないようになった。どういうものか算術が一番得意で、読方、書方がそれに次ぎ、唱歌と手工だけは相変らず不得手だった。
これはやや後の話だが、私のあまり得意でない図画の時間に、その先生が皆にめいめいの好きな人物を描いてみろと云って
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