われて散歩に来るときなど、私はよく桜の木の下に立ち止まって、彼等の遊戯に見入っていた。ことにそのオルガンの音が私には何んとも言うに言われず魅惑的だった。そんな私を待ちくたびれて、ぼつぼつと歩き出していたおばあさんが、いつかもうずっと先きの方まで行ってしまっているのに気がつくと、私は漸《ようや》っとその場を立ち去るのだった。
 或る日、母が私に言った。
「お前、幼稚園へ行きたいの?」
「…………」私は羞《はず》かしそうに、頭を振るばかりだった。
 しかし、私はそこの幼稚園へ入れられることに決められた。或る午後、私は母に連れられて、その土手下の幼稚園のなかへ這入《はい》っていった。生徒たちはもういないで、園内はすっかり建物の影になっていた。そんな園内を歩きながら、一人の、庇髪《ひさしがみ》の、胸高に海老茶《えびちゃ》の袴《はかま》をつけた、若い女の人が私の母に何やら話していた。それがいつも愉しそうにオルガンを弾《ひ》いている人であることが私には自然に分かった。その見知らぬ女の人は私の手をとって、いろんな運動器具に乗せてくれたりした。何もかも私には少しこわかった。……
 最初の朝、金の総《ふ
前へ 次へ
全82ページ中59ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
堀 辰雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング