すすきはら》になっていて、大きな溝《みぞ》を隔てて、すぐその向うが華族のお屋敷になっていた。こちら側には低い生籬《いけがき》がめぐらされているだけだったので、自分より身丈の高い芒の中を掻《か》き分けて、その溝の縁まで行くと、立木の多い、芝生《しばふ》や池などのある、美しいお屋敷のなかは殆《ほとん》ど手にとるように見えるのだった。ときおりその一家の人達がその庭園の中に逍《さまよ》ったり、その花の世話をしたりしているのを見かけると、私の胸には何とも云いようのない寂しい気もちと、それから生ずる一種のとりとめのない憧憬《どうけい》の心とが湧《わ》いてきた。
 そういう自分たちのいる世界とは全く別の世界があるという発見は、もう一つの物語の世界の発見と相俟って、他のいかなる大きな現実の出来事よりも、私の小さな人生の上にその影響を徐々に目立たせて行った。
 父はその芒の生《は》えていた空地の一部を借りて、そこへ細工場を建て増すことになった。それは私がいつもこっそりと一人でさまざまな事を夢みていた隠れ場所を早くも狭《せば》めることになった。しかし、そういう子供たちの隠れ場所というものは、それが狭ければ
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