なくなったから、反ってそうなのかも知れない。おばあさんはそうやって私達の家に一月位ずつ泊っていては、又いつか私の知らない裡に其処《そこ》から居なくなっているのだった。――何かの拍子に、そのおばあさんの居ないことをしみじみと感じると、私はときどき彼女を無性に恋しがって泣いた。私は誰よりもおばあさんに甘えていたせいばかりではなかった。私には年とった彼女が私達の居心地《いごこち》のいい家にいないで、何処《どこ》かよその家に行っているのが、何んだかかわいそうな気がしてならないのだった。そうやって私が彼女のために泣き、彼女を恋しがっていると、或る日またひょっくりとおばあさんは私の前に現れるのだった。
おばあさんは私の家にくると、いつも私のお守《も》りばかりしていた。そうしておばあさんは大抵私を数町先きの「牛の御前《ごぜん》」へ連れて行ってくれた。そこの神社の境内の奥まったところに、赤い涎《よだれ》かけをかけた石の牛が一ぴき臥《ね》ていた。私はそのどこかメランコリックな目《まな》ざしをした牛が大へん好きだった。「まあ何んて可愛《かわ》いい目んめをして!」なんぞと、幼い私はその牛に向って、いつもお
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