となの人が私に向って言ったり、したりするような事を、すっかり見よう見真似《みまね》で繰り返しながら、何度も何度もその冷い鼻を撫《な》でてやっていた。その石の鼻は子供たちが絶えずそうやって撫でるものだから、光ってつるつるとしていた。それがまた私に何んともいえない滑《なめ》らかな快い感触を与えたものらしかった。……
 その神社の裏は、すぐ土手になっていて、その向うには大川が流れていた。おばあさんはその土手の上まで私の手を引いて連れていってくれることはあっても、もしかして私が川へでも落ちたらと気づかって、いつも土手のこちらから、私にその川を眺めさせているきりだった。そうしていても、葦《あし》の生《お》い茂った間から、ときどき白帆や鴎《かもめ》の飛ぶのが見えた……
 子供の私はそれだけで満足していた。そして決して他の子供たちのようにおばあさんの手をふりほどいて、もっと川のふちへ行きたがったりして、おばあさんを困らせるような事は一度もしなかった。子供たちの持つすべての未知のものに対するはげしい好奇心は私にも無くはなかったが、内気な私はそのためにおばあさんを苦しめるような事までしようとはしなかった
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