かけながら立っている父との間に、小さな私はいつも口をきっと結んで、ちょこんと立っている。青い天鵞絨《びろうど》の帽子をかぶらないで、それを唯しっかりと手に握りながら。(その大好きな帽子なしには私は決して写真を撮らせなかった……)
 それらのアルバムの中に、それだけ何んだか他のとは不調和なような気のする、一枚の小さな写真があった。それは私の母の若いときのだという、花を手にした、痩《や》せぎすの女の肖像だった。おひきずりの着物をきて、坐ったまま、花活《はない》けを膝《ひざ》近く置いて、梅の花かなんか手にしている。……それが母の二十ぐらいのときのだという。が、小さな私にはどうしてもその写真の人が私の母だとはおもえなかった。そしてそれからずっと後までも、私はそういう若い女の姿で自分の母を考えることは何か気恥しくって出来ずにいた。

 そういう父や母の姿にひきかえて、おばあさんの姿は、その懐《なつ》かしい顔の一つ一つの線から皺枯《しわが》れた声まで、私の裡に生き生きと残っている。母が父と一しょの家に住まうようになってから、おばあさんはずっと私達のところに居きっきりではなしに、ときおりしか姿を見せ
前へ 次へ
全82ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
堀 辰雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング