そうに私に思わせていた。その無花果の木は、漸《ようや》っと大きく実らせた果《み》を、私達に与える前に、すでに腐らせ出していた。……
そういうほどにまで雨が小止《おや》みもなしに降りつづいたあげく、或る日、それにはげしい風さえ加わり出した。風は殆《ほとん》ど終日その雨を横なぐりに硝子戸に吹きつけて、ざわめいている戸外をよくも見させず、家のなかの私達まで怯《おび》やかしていたが、夕方、漸っとその長い雨は何処《どこ》かへ吹き払ってしまってくれた。そうしてからもまだ風だけは、そのまま闇《やみ》の中にしばらく残っていた。
そんな夜ふけに、私はふと目を覚《さ》まして、自分の傍に父も母もいないことに気がつくと、寝間着のまま、みんなの話し声のしている縁側まで出ていった。そうして私はみんなの背後から、寝ぼけ眼《まなこ》をこすりながら、その縁側の下まで一ぱいに押し寄せてきている濁った水が、父の手にした蝋燭《ろうそく》の光で照らされながら揺らめいているのを、びっくりして覗《のぞ》いていた。その蝋燭の光の届かない、家のすぐ裏手を、誰だかじゃぶじゃぶ音をさせて水の中を歩いていた。ときどき、暗やみの中で、何や
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