つき》のうちには一遍ぐらいこんなことがある。……
 もう夜になって、少年がそろそろ睡《ねむ》くなりかける時分から、見知らないお客たちが四五人きては、みんな奥の間にはいって、しばらく父や母をまじえて、あかるい、らちのない笑い声を立てているが、そのうちきまって急にひっそりとしてしまう。それからはときおり思い出したように、ぴしゃりぴしゃりと花札のかすかな音がするだけになるのだった。……
 それがはじまると、私は妙に神経が立って、いつまでも茶の間でおばあさんの傍《そば》などにむずかって、寝間着を着せられたまま、碁石などを弄《もてあそ》びながら起きていた。ときどき母がお茶などを淹《い》れに来たりすることがあっても、私はそっちを振り向こうともしないで、こわい目つきをして自分の遊びに夢中になっているようなふりをしていた。が、そのうち私はとうとう睡たさに圧《お》しつぶされて、茶の間に仮りに敷いてある蒲団《ふとん》に碁石なんぞを手にしたまま、うつ伏してしまうのが常だった。そんな場合には私は大抵もう一度夜なかに目を覚《さ》ましたが、それはもうお客たちが帰っていったあとで、丁度それまで寝入っていた私が、奥の
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