それは私達に睡気《ねむけ》を誘うほど気もちがよかった。
ときどき四つ目垣の向うの、或《あるい》は高く或は低く絶えずかちかちと鉄槌《かなづち》の音を響かせている細工場の中から、(父は屡※[#二の字点、1−2−22]《しばしば》留守だった……)、よく頓狂《とんきょう》な奴だとみんなから叱られてばかりいた佐吉という小僧が、何かの用に立ったりしたついでに、私達をからかったりした。それをきくと、お竜ちゃんは本気になって怒って、それに何か云いかえしたりした。たかちゃんの方は黙って気まり悪そうに下を向いたきりでいた。私ははじめは知らん顔をしていたが、お竜ちゃんがあんまり口惜《くや》しがったりすると、家のなかではこわいもの知らずの私は、「水ピストル」を手にして、向う見ずに細工場の方へ飛び込んでいって、それを佐吉にさしつけながら、頭から水をぶっかけた。佐吉は前掛けを頭からかぶって逃げまどいながら、しまいには頓狂な声をあげて、降参の真似をした。
それから私が得意そうに、二人の少女が小気味よげにそれを見ている木蔭へ戻って行こうとすると、又佐吉が性懲りもなく、背後から、
「弘《ひろし》さんったら、女の子の
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