じっと見つめていた。――その目《まな》ざしを私はいまだによく覚えている。本当に覚えているのはその印象的な目ざしきりだが、――しかしそれだけを思い浮べただけで、もう忘れてしまっている顔の他の部分までが、何んとなくぼおっと浮んでくるような気さえされる位だ。……
 私の家の生籬《いけがき》の前に、そこいらの路地の中ではまあ少しばかり広い空地があったので、夕方など、よく女の子たちが其処《そこ》へ連れ立ってきて、輪をつくっては遊んでいた。
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ひらいた。ひらいた。何んの花ひらいた。
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 そういう女の子たちの歌声がそこから聞えて来ると、一人虫の私は、そっと生籬の中に出て、八ツ手の葉かげから、彼女たちの遊びを見ていた。大抵は余所《よそ》から遊びに来たらしい、私なんぞよりすこし年上の、知らない女の子たちばかりで、唯《ただ》、その輪の中にはいつも顔見知りのお竜ちゃんがはいっていた。お竜ちゃんはときどき輪の中から、八ツ手の葉かげの私の方をこわい目つきでじっと見つめては、急にみんなに手を引っぱられて、一しょに
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つぼんだ。つぼんだ。何んの花つ
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