》に殆どじかに感じていた土の凹凸《おうとつ》や、何んともいえない土の軟《やわら》か味のある一種の弾性や、あるときの土の香《かお》りなどまでが……
 そうして私はそういうとき、自分の前に、或《ある》時はすっかり冬枯れて、ごつごつした木の枝を地中の根のように空へ張っていた、――或時は円い大きな緑の木蔭を落して、その下で小さい私達を遊ばせていた、一本の無花果の木をありありと蘇《よみがえ》らせる。――「私にとって、おお無花果の木よ、お前は長いこと意味深かった。お前は殆ど全くお前の花を隠していた……」とリルケの詩にも歌われている、この無花果の木こそ、現在では私もまた喜んで自分の幼年時代をそれへ寄せたいと思っている木だ。あたかも丁度私の幼年時代もまたその木と同じく、殆ど花らしいものを人目につかせずに、しかもこうやっていつか私に愉《たの》しい生《いのち》の果実を育《はぐ》くんでいてくれているとでも云うように……

 一人の少女は、お竜《りゅう》ちゃんといった。ちょうど私とおない年だった。きつい目つきをした、横から見ると、まるで男の子のような顔をした少女だった。どうかすると、ときどき私をそのきつい目で
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