んといった。本当に気立てのやさしい子で、私の母のお気に入りだったが、たかちゃんがそういう子であればあるだけ、私はいよいよ好い気になって意地悪ばかりをしつづけた。しかしたかちゃんは私にそうされる事は当り前であるかのように、すこしも気にしないで、毎日のように遊びにきた。そのうちに又ひょっくり、機嫌買いのお竜ちゃんも遊びにくるようになった。そうやって三人で遊び合うようになってからだっても、お竜ちゃんはますますその本領を発揮した。しかしおとなしいたかちゃんは私にばかりでなく、そういう利《き》かん気のお竜ちゃんに対しても、すべて控え目にしていた。そのために殆ど仲違《なかたが》いもせずに、三人で仲好く遊びつづけていられた。尤《もっと》も、ときどき女の子同志で小さな諍《いさか》いをし合っても、いつも私がお竜ちゃんの味方をするので、すぐそれはおしまいになった。それは初夏の日々だった。いまは厚い大きな葉を簇《むら》がらせた無花果の木が、私達に恰好《かっこう》のよい木蔭をつくっていてくれた。私達はときどき花莚の上に三人ともごろりと寝そべって、じっとその下に冷たい土の肌《はだ》ざわりを感じ合ったりしていた。それは私達に睡気《ねむけ》を誘うほど気もちがよかった。
ときどき四つ目垣の向うの、或《あるい》は高く或は低く絶えずかちかちと鉄槌《かなづち》の音を響かせている細工場の中から、(父は屡※[#二の字点、1−2−22]《しばしば》留守だった……)、よく頓狂《とんきょう》な奴だとみんなから叱られてばかりいた佐吉という小僧が、何かの用に立ったりしたついでに、私達をからかったりした。それをきくと、お竜ちゃんは本気になって怒って、それに何か云いかえしたりした。たかちゃんの方は黙って気まり悪そうに下を向いたきりでいた。私ははじめは知らん顔をしていたが、お竜ちゃんがあんまり口惜《くや》しがったりすると、家のなかではこわいもの知らずの私は、「水ピストル」を手にして、向う見ずに細工場の方へ飛び込んでいって、それを佐吉にさしつけながら、頭から水をぶっかけた。佐吉は前掛けを頭からかぶって逃げまどいながら、しまいには頓狂な声をあげて、降参の真似をした。
それから私が得意そうに、二人の少女が小気味よげにそれを見ている木蔭へ戻って行こうとすると、又佐吉が性懲りもなく、背後から、
「弘《ひろし》さんったら、女の子の加勢ばかりしていらあ。おかしいですぜ」とひやかした。それをきくと、私はかあと耳のつけ根まで真っ赤になって、こんどは自分でも何をするのだか無我夢中に、無花果の木の下にいる、その女の子たちの方へその「水ピストル」を向けながら突進して行った。お竜ちゃんは無頓着《むとんじゃく》そうな、きつい目つきで、何をするのかといった風に、私の方を見つめていた。そういう私を見て、おどおどしながら庭の隅っこへ逃げていったのは、たかちゃん一人だった。
細工場の方からみんなが面白そうに見ているものだから、私は騎虎《きこ》のいきおいでどうしようもなく、私の前に平気で立っているお竜ちゃんには、ほんの少し水をひっかける真似《まね》をしたきりで、あとは逃げていくたかちゃんを追っかけて、厠《かわや》の前まで迫いつめながら、頭から水をひっかけた。たかちゃんは、もう観念したように、両手で顔だけ掩《おお》いながら、私に水をかけられるままになっていた。
無花果の木の下では、ほんのちょっと私に肩のあたりへ水をかけられた位の、お竜ちゃんが、いかにも口惜しそうに声を立てて、泣き出していた。……
入道雲
一月《ひとつき》のうちには一遍ぐらいこんなことがある。……
もう夜になって、少年がそろそろ睡《ねむ》くなりかける時分から、見知らないお客たちが四五人きては、みんな奥の間にはいって、しばらく父や母をまじえて、あかるい、らちのない笑い声を立てているが、そのうちきまって急にひっそりとしてしまう。それからはときおり思い出したように、ぴしゃりぴしゃりと花札のかすかな音がするだけになるのだった。……
それがはじまると、私は妙に神経が立って、いつまでも茶の間でおばあさんの傍《そば》などにむずかって、寝間着を着せられたまま、碁石などを弄《もてあそ》びながら起きていた。ときどき母がお茶などを淹《い》れに来たりすることがあっても、私はそっちを振り向こうともしないで、こわい目つきをして自分の遊びに夢中になっているようなふりをしていた。が、そのうち私はとうとう睡たさに圧《お》しつぶされて、茶の間に仮りに敷いてある蒲団《ふとん》に碁石なんぞを手にしたまま、うつ伏してしまうのが常だった。そんな場合には私は大抵もう一度夜なかに目を覚《さ》ましたが、それはもうお客たちが帰っていったあとで、丁度それまで寝入っていた私が、奥の
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