《おも》にゴム人形だとか石鹸《せっけん》などの原型を彫刻していた。父がいつも二三人の弟子《でし》を相手に仕事をしている細工場へ私は好んで遊びに行った。「また坊主か。」父は私を見ると、いつもにっこりして、金屑だらけになった膝の上に乗せてくれ、しばらくは父の押木《おしぎ》の上に一ぱいに散らかっている鉄槌《かなづち》だの、鏨《たがね》だの、鑢《やすり》だのを私にいじらせてくれた。が、それを好いことにして、私がだんだん父の膝を離れて、他の弟子たちの前まで出かけて行き、そこいらの押木の上に乱雑に積んであるものなどを手あたり次第にいじくり出していると、「こら、坊主……」とこんどは父に叱《しか》られて、すぐ私はその細工場から追い出されてしまうのだった。が、その細工場じゅうに何処とはなしに漂っていた金屑のにおいなしには、もはや自分の幼時を思い出せない位、私はいつかそれ等のにおいを身につけてしまっていたのだった。
が、あんまりちょいちょいその細工場へ行ったりすると、私はしまいには其処にあるものをいじくらないように、見本にきている綺麗な外国製のゴム人形などをあてがわれた。しかしそんなちゃんとしたものよりも、いま父のこしらえかけている、まだ目も鼻もついていないような、そっけない人形の原型の方が、ずっとかわいらしくて好きだった。が、私はそれが自分の力ではなかなか持ち上がらないことを知ると、こんどはその人形をただ自分の手で撫でてやっているだけで満足した。しばらくそうやって撫でてかわいがってやっていると、その異様に冷たかったものが、ほんの少しずつ温かみを帯びてくる。そのほのかな温かみが――私自身の生《いのち》の温かみのようなものが――子供の私にもなぜとも知れずに愉《たの》しかった。……
父と子
客などがあってにぎやかに食事をしている間などに、私はもう眠くなりかけて、母の胸がそろそろ恋しくなり出しているところへ「お父ちゃんとお母ちゃんとどっちが好き?」などと皆の前で父に訊かれる位、子供心にも当惑することはなかった。そんなときに父は大抵酒気を帯びていた。そしてふだんとは異《ちが》って、しつっこく、私がいかにもてれ臭いような顔をするのを面白がって、いつまでも問いつめているようなことがあった。私は最初のうちは何んとかかとか云い逃《のが》れをしているが、そのうちに返事に窮してくると
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