かり立てているように見えた。次ぎの遊戯の時間になると、他のオルガンが運動場の真ん中に持ち出された。戸外では、オルガンはそんな意地悪をしないのに決まっている。果してそれはいつもの単純な、機嫌《きげん》のいい音を立て出した。みんなはそのオルガンのまわりに、手と手とつなぎながら、環《わ》を描いた。私だけは、ぶらんこの傍《そば》で待っているおばあさんのところに行って、その環の中には加わらずにいた。そうしてみんなが愉しそうに手をあげ足を動かし出すのを側から眺《なが》めていることに、その環の中に加わっては私には反《かえ》って一緒に味《あじわ》えない、みんなとそっくり同じな愉しさを見出していた。
そういう私を、ときどきみんなを見廻しながらオルガンを弾いていた若い女の先生がとうとう見つけて、無理やりにその環の中に加わらせた。遊戯がはじまって、自分がどう動作したらいいのか分からなくなると、私はオルガンを弾いている先生の方を見ないで、遠く離れたおばあさんの方へ困ったような顔を向けた。そうやってちょっとでも私が足を止めようとすると、私のすぐ隣りにいた私よりか背の高い、目の大きな、ちぢれ毛の、異人さんのような少女が、手を上げたり下ろしたりする拍子に、私を横柄《おうへい》そうにこづいた。そのたびに、私は振り向いて、その高慢そうな少女に対《むか》って、なぜかしら、それまでは誰にもしたことのないような反抗の様子を示した。
それからお午《ひる》の時間になった。小さな生徒たちは教室にはいるなり、先生のお許しも待たずに、きゃっきゃっと言いながら、お弁当をひろげ出した。その目の大きな、異人さんのような少女は、私から少ししか離れない席についていた。みんながその少女だけ特別扱いにするのを変だと思っていたら、それはその幼稚園にゆく途中にある、或る大きなお屋敷のお嬢さんだった。その少女のところへは、お屋敷から大きな重箱が届いていた。そうして附添の小間使いが二人がかりでその少女のお弁当の面倒を見ていた。私はそういう様子をちらりと目にすると、それきりそっぽを向いてしまった。
「食べんの、厭《いや》……」私はおばあさんが私の傍で小さなアルミニウムのお弁当箱をあけようとするのを邪慳《じゃけん》に遮《さえぎ》った。
「食べないのかい……」おばあさんは又私がいつもの我儘《わがまま》をお言いだなとでも云うような、困った様
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