寝床に移されかけているところなのであった。……
そんな或る晩、おばあさんの傍でいつのまにか愚図りながら寝込んでしまっていた私は、夜なかのいつもの時分になって、ふいと目を覚ました。いつもとは大へん異《ちが》って騒々しいような気がしたが、丁度みんなが帰りかけているところらしく、唯《ただ》、おかしい事には、見かけない姿の人が混ざっていたり、私の父や母までがその人達と一しょに出ていってしまったようだった。……それに、いつになく、そのあとにはおばあさんや細工場の者たちがうろうろ出たり入ったりして、私が目を覚ましたことなんぞには一向気がつかないらしかった。私はやっと一人で起き上がると、しぶしぶと目をこすりながら、奥の間にはいっていった。いつもならもうちゃんと蒲団がとってある筈《はず》だのに、そこには誰もいないばかりでなく、明るい洋燈の光を空《むな》しく浴びながら、何もかもが散らかり放題になっていた。私は寝呆《ねぼ》けたように、その真ん中に坐ると、急に怒ったように、そこいらに散らばっていた花札を一つずつ襖《ふすま》の方へ投げつけ出した。……
おばあさんはそんな私にやっと気がつくと、別に小言もいわず黙ってその花札を取り上げた。それからしばらくすると、私は半分睡ったまま、佐吉の背中におぶせられて、おばあさんと三人きりでおもてへ出た。それから私達は、おばあさんの手にした小さな提灯《ちょうちん》のあかりで、真っ暗な夜道を歩き出した。ところどころ風立った藪《やぶ》のそばなんぞを通り過ぎてゆくらしかった。私はときどき薄目をあけてはそういうものを見とがめ、一々それをおばあさんに訊《き》いたような気がする。すると、おばあさんはそれに二言三言返事をしてくれた。なにを言うたやらも私には分からなかったが、何か私の気を休めるのに一番好いことを言うてくれたと見え、私はすぐまた佐吉の肩にしがみついたまま、すやすやと寝入ってしまうのだった。……
あくる朝、私が目を覚ましたのは、あの小梅の、尼寺にちかい、おばさんの家だった。私は一日じゅう元気がなく、しょんぼりとしていた。そして父や母のことさえ、なぜか、なんにも訊かなかった。午後になってから、おばあさんが私を近所の三囲《みめぐり》さまへ連れ出しても、その石碑の多い境内や蓮池《はすいけ》のほとりで他の子供たちが面白そうに遊んでいるのを、私はぼんやりと見守って
前へ
次へ
全41ページ中17ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
堀 辰雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング