加勢ばかりしていらあ。おかしいですぜ」とひやかした。それをきくと、私はかあと耳のつけ根まで真っ赤になって、こんどは自分でも何をするのだか無我夢中に、無花果の木の下にいる、その女の子たちの方へその「水ピストル」を向けながら突進して行った。お竜ちゃんは無頓着《むとんじゃく》そうな、きつい目つきで、何をするのかといった風に、私の方を見つめていた。そういう私を見て、おどおどしながら庭の隅っこへ逃げていったのは、たかちゃん一人だった。
細工場の方からみんなが面白そうに見ているものだから、私は騎虎《きこ》のいきおいでどうしようもなく、私の前に平気で立っているお竜ちゃんには、ほんの少し水をひっかける真似《まね》をしたきりで、あとは逃げていくたかちゃんを追っかけて、厠《かわや》の前まで迫いつめながら、頭から水をひっかけた。たかちゃんは、もう観念したように、両手で顔だけ掩《おお》いながら、私に水をかけられるままになっていた。
無花果の木の下では、ほんのちょっと私に肩のあたりへ水をかけられた位の、お竜ちゃんが、いかにも口惜しそうに声を立てて、泣き出していた。……
入道雲
一月《ひとつき》のうちには一遍ぐらいこんなことがある。……
もう夜になって、少年がそろそろ睡《ねむ》くなりかける時分から、見知らないお客たちが四五人きては、みんな奥の間にはいって、しばらく父や母をまじえて、あかるい、らちのない笑い声を立てているが、そのうちきまって急にひっそりとしてしまう。それからはときおり思い出したように、ぴしゃりぴしゃりと花札のかすかな音がするだけになるのだった。……
それがはじまると、私は妙に神経が立って、いつまでも茶の間でおばあさんの傍《そば》などにむずかって、寝間着を着せられたまま、碁石などを弄《もてあそ》びながら起きていた。ときどき母がお茶などを淹《い》れに来たりすることがあっても、私はそっちを振り向こうともしないで、こわい目つきをして自分の遊びに夢中になっているようなふりをしていた。が、そのうち私はとうとう睡たさに圧《お》しつぶされて、茶の間に仮りに敷いてある蒲団《ふとん》に碁石なんぞを手にしたまま、うつ伏してしまうのが常だった。そんな場合には私は大抵もう一度夜なかに目を覚《さ》ましたが、それはもうお客たちが帰っていったあとで、丁度それまで寝入っていた私が、奥の
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