》に殆どじかに感じていた土の凹凸《おうとつ》や、何んともいえない土の軟《やわら》か味のある一種の弾性や、あるときの土の香《かお》りなどまでが……
そうして私はそういうとき、自分の前に、或《ある》時はすっかり冬枯れて、ごつごつした木の枝を地中の根のように空へ張っていた、――或時は円い大きな緑の木蔭を落して、その下で小さい私達を遊ばせていた、一本の無花果の木をありありと蘇《よみがえ》らせる。――「私にとって、おお無花果の木よ、お前は長いこと意味深かった。お前は殆ど全くお前の花を隠していた……」とリルケの詩にも歌われている、この無花果の木こそ、現在では私もまた喜んで自分の幼年時代をそれへ寄せたいと思っている木だ。あたかも丁度私の幼年時代もまたその木と同じく、殆ど花らしいものを人目につかせずに、しかもこうやっていつか私に愉《たの》しい生《いのち》の果実を育《はぐ》くんでいてくれているとでも云うように……
一人の少女は、お竜《りゅう》ちゃんといった。ちょうど私とおない年だった。きつい目つきをした、横から見ると、まるで男の子のような顔をした少女だった。どうかすると、ときどき私をそのきつい目でじっと見つめていた。――その目《まな》ざしを私はいまだによく覚えている。本当に覚えているのはその印象的な目ざしきりだが、――しかしそれだけを思い浮べただけで、もう忘れてしまっている顔の他の部分までが、何んとなくぼおっと浮んでくるような気さえされる位だ。……
私の家の生籬《いけがき》の前に、そこいらの路地の中ではまあ少しばかり広い空地があったので、夕方など、よく女の子たちが其処《そこ》へ連れ立ってきて、輪をつくっては遊んでいた。
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ひらいた。ひらいた。何んの花ひらいた。
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そういう女の子たちの歌声がそこから聞えて来ると、一人虫の私は、そっと生籬の中に出て、八ツ手の葉かげから、彼女たちの遊びを見ていた。大抵は余所《よそ》から遊びに来たらしい、私なんぞよりすこし年上の、知らない女の子たちばかりで、唯《ただ》、その輪の中にはいつも顔見知りのお竜ちゃんがはいっていた。お竜ちゃんはときどき輪の中から、八ツ手の葉かげの私の方をこわい目つきでじっと見つめては、急にみんなに手を引っぱられて、一しょに
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つぼんだ。つぼんだ。何んの花つ
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