は白いペンキで塗りつぶされてあるのかも知れなかった。
やっとのことで表扉が大きく軋《きし》みながら開かれた。そしてその内側には、そのホテルの主人らしい、すこし頭の禿《は》げかかった、私たちよりも背の低いくらいな毛唐《けとう》が、ノッブを握ったまま突っ立っていた。T君が英語でもって部屋はあるかと声をかけた。するとその主人はそれよりもっと下手糞《へたくそ》な英語でそれに応じた。(私はへんに重々しげなアクセントによって彼が露西亜《ロシア》人らしいのを認めた。)――いま自分のところには階下に小さな部屋が一つ空いているきりだ。それも丁度いまその部屋の借り手が東京へクリスマスをしに行っているので、その間だけなら貸すことが出来る、というような意味のことをT君に言っているらしかった。そんな部屋の交渉は一切T君に任せたきり、そこの玄関口に無雑作にほうり出されてある埃《ほこり》まみれの本棚《ほんだな》だの、錆《さ》びかかったタイプライタアだのへ目を注いでいた私は、やっと顔を持ち上げながら、どうせ私も二三日ぐらいしか泊らないつもりだからそれを見せて貰《もら》おうじゃないかとT君を促した。T君がそれを主人に
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