にくっきりと落していた。そしてその窓からは、逆光線を浴びているので、年よりなのか若い女なのか見当のつかない、そして髪の毛だけがきらきらと金色に光っている、一つの女の顔が、そのホテルの方へと電車の線路を横切りつつある私たちの方を窺《うかが》うようにしていたが――それはちょっと無気味な感じだった――私たちがその窓の下までくると、向うでも私たちを恐れるかのように、その窓は閉されてしまった。
 私たちは小さな石段を昇り、そこのベルを押した。しかし、いつまでも、誰も出て来そうな気配がしない。そこでT君が再びベルを押したり、ノッブを廻してみたりしている間、私は石段を下りて、もう一度それがホテルであるかどうかを確かめるため、さっきの看板をふり仰いで見た。そうしてその赤ちゃけた横文字をホテル・エソワイアンと読みにくそうに口の中で発音しながら、今度はその大きな横文字の下方に、ずっと小さな字で TEL.[#「TEL.」は斜体]と描かれてあるのまで認めた。しかしその電話番号のあるべき場所は空虚のまんまだった。そしてそこだけが気のせいか他処より一そう白白と見えるのは、そこに最近まで書かれてあった電話番号がいま
前へ 次へ
全31ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
堀 辰雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング