色《くりいろ》の髪をして綺麗《きれい》に化粧した二十七八の若い女と老眼鏡をかけたその母親らしいのが差し向いで食事をしていた。そこのもう一方の空《あ》いた卓子が私にあてがわれたのである。食堂の時計を見ると十一時近くであった。もうこんな時刻だのに、この食堂がこんな女達ばかりなのには私はちょっと異様な気がした。私が這入《はい》ってゆくのを認めると、珈琲を飲みかけていた主人が私の方へ顔を向けて微笑《ほほえ》みかけながら「ゆうべはよく眠れたか?」と英語で訊《き》いた。それだけならいいが、それと同時に、他の女達が一ぺんに私の方をけげんそうにふり向いたので、私は少しどぎまぎしながら、反射的に微笑を浮べたまま、主人にうなずいて見せた。やがてこんな stranger によってちょっと中絶された会話をみんなは再び続け出したらしかった。ときどきヤポンスキイという言葉が混じる。ひょっとすると俺《おれ》のことでも話しているのかしらんと思いながら、そんな空想によってかすかな気づまりを感じながら、私は食堂の窓から、半ば寝ぼけた顔つきで中庭を眺めていた。が、それは中庭といっても、狭苦しくって、樹木なんぞは一本も植《う
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