rekfast ――まだ出来る?」と聞いた。
「どうぞ――」と言ってボオイは空皿《あきざら》をもった手で食堂の入口を示したが、そのまま無愛想にコック場の方へ行ってしまった。
 私はなんだか一人きりでそんな食堂の中へはいって行くのが気づまりだったので、ボオイが再び皿を運んで来ながら私の部屋の前を通るのを待っていた。丁度その廊下の映っている鏡に向ってネクタイを何度も結び直しながら、あたかもそれがために何時《いつ》までも愚図愚図しているかのように装って。
 やっとのことで再び姿を現わしたボオイの跡にくっついて食堂の中へはいってみると、食堂と云うのもほんの名ばかりであって、二つの部屋をぶち抜いて、そこに安っぽい花模様のあるクロオスを掛けた卓子《テエブル》が五つか六つ置いてあるきりだった。中央の大きな卓子にはホテルの主人夫婦が珈琲《コオフィイ》を飲んでいた。そうして向うの壁ぎわの隅の小さな卓子には、青色のブラウスを着て、ブロンドの髪をした十八九の娘がひとりと、それから中庭に面して一段低くなったヴェランダのようなところに卓子が二つ置いてあったけれど、その一つには、黒っぽい着物を着たふたりの女――栗
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