をそらしながら、ふとその眼を私がときどきふんづける小さな軟《やわら》かなものの方へ持って行くと、それが三鞭酒《シャンパン》の栓《せん》らしいことを認めた。ははあ、ゆうべは此処でも三鞭酒を抜いたんだな?……こいつらが騒いだのかしら? それにしてもこいつらは一体何者だろう、私にはとんと得体が知れない。……と、そんなことを考えながら、私が靴でその小さな栓を踏みにじっていると、食堂のドアを開《あ》けてのっそりと、まだこのホテルで私の見かけたことのない、何処やらちょっとクライブ・ブルックめいた中年の紳士が、寝ぼけたような顔をして、這入《はい》って来た。そうしてなんだか寒そうに手を揉《も》みながら、女たちに何か私にはわからない冗談を言っているらしかったが、そこへ丁度、ボオイが、私のためにポリッジを運んできたので、そいつをつかまえて、「朝飯出来ますか?」とぎごちない英語で聞いていた。支那人のボオイはますます仏頂面《ぶっちょうづら》をしだして、その男のために中央の円卓子の上を不機嫌《ふきげん》そうに片づけ始めた。それを見ると私はなんだか急に微笑がしたくなった。そうして私のテエブルに砂糖がないことに気が
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