るので、私は自分の空想力でやっとそれを補いながら読んでみたのであるが、どうもそんな私に分かる語彙《ごい》だけから見ると、その詩はおよそ私の現在の気持からはあまりに懸《か》け離れていそうに思えたので私はその詩の意味をちっとも嚥《の》み込めないうちに、その小さな本を私の枕《まくら》もとに伏せてしまった。それに私はいい具合にすこしうとうとしだしたものだから……
正午ごろ、T君が私を誘いに来てくれた。それから二人でホテルを出ると、一時間ばかり古本屋だの古道具店だのをひやかしたのち、海岸通りのヴェルネ・クラブに行った。しゃれた仏蘭西料理店だ。そこの客は大概外国人ばかりだった。私たちが一隅の卓で殻つきの牡蠣《かき》を食っていると、兎《うさぎ》の耳のようにケープの襟《えり》を立てた、美しい、小柄な、仏蘭西女らしいのが店先きにつと現われて、ボオイをつかまえ、大事そうに両手でかかえている風呂敷包を示しながら、何やら片言まじりの日本語で喋舌《しゃべ》っている。私には「ネープルをもってきました」と言ったようにそれが聞えた。ボオイはなんだか解《わか》らないような顔をして奥へ引っ込んでいったが、それと入れち
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