うな、若い男の写真である。この露西亜人らしい男が、この部屋の借り手で、そしてこのハイネの詩集を読んでいるのかと思ったら、ちょっと懐《なつか》しい気がした。私はそれを注意深くもとの頁に※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28] んで、それからこんどはその巻頭にある「五月に」(Im Mai[#「Im Mai」は斜体])という詩を、一字一字丁寧に見つめながら読んでいった。
[#ここから3字下げ]
〔Die Freunde, die ich geku:sst und geliebt,〕
〔Die haben das Schlimmste an mir veru:bt.〕
Mein Herz bricht ……[#ここまでの3行は斜体]
[#ここで字下げ終わり]
 ――しかし独乙語はなにしろ高等学校でちょっと習ったきりなので、その詩のなかの太陽[#「太陽」に傍点]だとか薔薇[#「薔薇」に傍点]だとか心臓[#「心臓」に傍点]だとか五月の空[#「五月の空」に傍点]だとか、そんな簡単な名詞ぐらいは覚えていたけれど、肝腎《かんじん》な形容詞や動詞をすっかり胴忘れてしまってい
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