妙に不安そうな眼つきで見がちだった、すこし頭の禿げたその主人は急にそわそわし出したように見えるくらい愛想よくなって、私の方を向きながら、それではお前もこちらにクリスマスを送りに来たのかなどと問い出した。私はまた私で、やがてその主人のかかえてきた大きな宿帳に、露西亜人や波蘭《ポーランド》人らしい名前ばかりの並んでいる下へ自分の名前をぶきっちょな羅馬《ローマ》字で書きつけているうちに、クリスマスなんかを一向楽しいとも思ったことのない私であったが、なんだか不意に、明日からのクリスマスを楽しく送りに、わざわざこんな神戸くんだりまでやって来たかのような気にさえなり出したほどであった。……
 T君が明日また正午頃来るからと約束して帰ってしまうと、私は今朝《けさ》から汽車に乗りどおしだったので、さすがに疲れていたし、どうやら熱もすこしあるらしいので、すぐ服をぬいで、シャツだけになって、寝台に横になった。それでもその部屋は小さいだけ、スティムで蒸し暑いくらいだった。が、さて横になってみると、私はこんな慣れない部屋の中ではなかなか寝つかれそうもなかった。あいにく読む本は一冊も持っていない。その時私は、つ
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