「そうなのかい、どうりであの家はいつも厭にひっそりしていると思った。」私はそんな自分の虫の好かない住人達のことよりも、その人達のために取払われた水車の跡が、いまは南瓜の畑かなんかになって、其処にはただ三四尺の小さな流がもとのままに潺々《せんせん》たるせせらぎの音を立てているだけなのに自分勝手な思いを馳《は》せていた。
「しかしその若い息子さん達には、こんな山の避暑地なぞ面白くもないと見えて、八月頃、いつも突然真夜中なんぞにお友達を大ぜい連れて自動車で乗りつけ、一週間ばかり騒いで暮らして、それからまた嵐《あらし》のように帰って行っておしまいです。そうしてあとにはまだこの土地に馴染《なじみ》のない他所者《よそもの》の別荘番が残って、村人からも忘れられたように、ひっそりと暮らしているきりです。……」

        五

 その晩、私達は宿の二階の部屋に寝転《ねころ》びながら、深沢さんが夕方描き上げて来た雑木林の絵を前にして、いろんなこの村の話をしあっていたが、きょう宿の主に聞いた爺《じい》やの話も出た。
「こういう山の村なんぞに流れ込んで来ている爺やなんというものは、それまでは何処《
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