《そこ》には、実際この村の四囲とは恐ろしく不釣合な、全部石づくりの、高い建物が、まるで幻のように、何か陰気な感じさえして、木と木の間から見え隠れしているのだった。
「ほんとに変な家だこと。」妻もそれをすこし眉《まゆ》をひそめるようにして見ながら、言った。
「あそこにその日向さんのお家があったの?」
「そうです」と不二男さんがそれを引きとって言った。
「あれは日向さんの別荘とその隣りにあった矢っ張|紅殻《べにがら》塗りの古い外人別荘の二軒並んでいたのを買いとって、それを一つ敷地にしてあんなものを建てたのです。ひと夏、その主《あるじ》というのが、若いお妾《めかけ》さんを連れて来ていましたが、その頃はまだ道ばたに立ち腐れになったまま、昔を知った人達になつかしがられていた例の水車を自分の家のなかへ移させたり、こちらの三枝さんの地所へまで目をつけて、それを欲《ほ》しがって何度も周旋人を寄こしたりして、奥さんを大へんお慍《おこ》らせになった事もありました。ところが、その翌年、その主人というのが急に死んでしまったのです。それからはときどきその若い息子《むすこ》さん達がお見えになるっきりなのです。……
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