と一人の医者もない村のことですから、私どももそれをきいても、そのままにして置くより外には手の尽し方もなくなっていました。
「私は日向さんの方へも早速お知らせだけはしておきましたが、奥さんからは到底自分は行けそうもないから何分よろしく頼むと言って寄こされたきりでした。そうしてその年も暮れちかくなった或日、雪に埋った掘立小屋のなかでとうとう爺やは全く一人っきりで死んで行きました。
「日向さんの方からは、奥さんの代りにいつかの甥ごさんが見えられて、葬儀万端の事をなさいました。横川在の婆さんの方からは、とうとう誰も見えませんでした。」
 そこで漸っと不二男さんは爺やの死を語り終った。気がついて見ると、いつの間にか日が陰《かげ》って、私達がそれまですっかり話に気をとられて腰かけたままでいたヴェランダの上は、何か急に寒々《さむざむ》として来た。
「それはそうと日向さんのあとに来た人っていうのは一たいどんな人なの?」私は急に気もちを変えるようにそう言うと、妻にその三枝さんと背中合せになった隣りの宏壮《こうそう》な別荘を示しながら、「ほらあの通りだから。まるで場ちがいの化物屋敷みたいだ。……」
 其処
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