木の葉なんぞのよりも、目立って大きい若葉を見て、一目でそれが朴《ほお》の木の葉であることを思い出した。でも私は、
「朴の木ではないかな?……」と、まだ半信半疑で言った。私もその木がこうやって花咲いているのを見かけるのは今がはじめてだからである。……
三四年前、まだ私もいまのように結婚せず、この村で一年の半分以上を一人でぶらぶら暮らしていた時分、十月も末になると村じゅうどの木もどの木も落葉し出して、それから数日のうちに大抵の木が落葉し尽す――そんな落葉の一ぱいに溜《た》まった山かげを私は好んで歩きまわったが、そういう折に私はそれ等《ら》の落葉に雑《まじ》った図抜けて大きな枯葉をうっかりと踏んづけたりしてそれの立てる乾《かわ》いた音に非常にさびしい思いをしたものだった。それは私自身だってかなりさびしい思いを持ってはいた。けれども、そんな大きな枯葉の目に立つほど溜《たま》っているような谷あいそのものも、なかなかさびしい場所であった。それが朴と云う木の葉であることを私は誰にともなく聞いて知るようになっていた。が、その朴の木にどんな花が咲くのかその頃の私は全然考えてもみなかった。――それが、い
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