植木を引っこ抜かせているのが見えて来ました。それと同時に、そこいらにはその春別荘の売れたとき爺やがちょっとした楓《かえで》だとか、そのほか小さな植木だけをこちらに移し植えておいた、それをいま植木屋を呼んで売り払おうとしているのだという事が分かりました。『お前は好い娘があるんだから其処へ行け、おれ一人でならどうとでもして暮らして見せるから』とこの頃爺やが何かというとそんな事ばかり言ったという、おとといの婆さんの話もふいと思い出されて、三枝さんの奥さんは、あんな気強そうな爺やでもよく年をとってからそうやって一人で暮らす気になれるものだと思って、そんな植木屋たちの仕事をいつまでも見ていました。――何んでも、あとで聞きますと、そのとき売った植木の代が二十何円とかになったそうでした。まあそれだけあれば、こんな村では爺やひとりでならその冬を結構越すぐらいの事は出来たでしょう。……」
 不二男さんはここまでをほとんど一息に話しつづけた。そうしてここで突然言葉をとぎらせた。そうしてそういう爺やの何処かさびしそうな姿を見ていたそのときの三枝さんのように向いの若葉のなかの家を暫《しばら》く見やっていた。それからまた話しつづけた。

        四

「その冬はどうやらそれで越せたようですが、今年《ことし》は爺さんどうするだろうと私どもも心配していました。夏場、またその家を人に借すにしても去年のような事でもあると、借りたお方にも気の毒だし、仲に立つ私どももたいへん迷惑しますので、ともかくも日向さんの奥さんに手紙でその事を言ってやりました。すると奥さんも何かといろんな事が気がかりだったのでしょう、折返し今年の夏は自分達がそちらへ行くから誰にも貸さないで置いてくれという御返事がありました。
「夏になって、また豆の花の咲く頃になると、日向さんの奥さんはお嬢さんと女中とを連れて、五年ぶりでこちらへお見えになりました。その五年の間にあの鷹揚《おうよう》な奥さんもどれほど御辛苦をなすった事だろうと案じていましたが、お会いしてみると、肩のあたりに心もち窶《やつ》れをお見せになっている位なもので、殆《ほとん》ど以前とはお変りになっていません。お嬢さんの方はもう二十を越されて、ますますお母様似になられて、年にしては少しふとり過ぎる位にふとって、豊かな感じのお嬢さんになっていられました。その方たちがふた
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