か聞覚えてしまったヴィットリアの「アヴェ・マリア」の一節などを、ふいとそれがさもその教会の中から聞えてきつつあるかのように自分の裡《うち》に蘇《よみがえ》らせたりするのだった……

      *

 八月の末になってから、その夏じゅう追分で暮していた津村信夫君が、きのう追分に来たという神保《じんぼ》光太郎君と連れ立って、他に二三人の学生同伴で、日曜日の朝、ひょっくり軽井沢に現われ、その教会の弥撒《ミサ》に参列しないかと私を誘いに来てくれたので、私も一しょについて行った。冬、一度その教会の人けのない弥撒に行ったことがあるきりで、夏の正式の弥撒はまだ私は全然知らなかった。 
 みんなで教会の前まで行くと、既に弥撒ははじまっていて、その柵《さく》のそとには伊太利《イタリイ》大使館や諾威《ノルウェー》公使館の立派な自動車などが横づけになり、又、柵のなかには何台となく自転車が立てかけられていた。私達はその柵の中へはいろうとしかけながら、誰からともなしに少し躊躇《ためら》い出していた。そうして三人でちょっと顔を見合せて、困ったような薄笑いをうかべた。丁度、そんな時だった、私達の背後からベルを鳴ら
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