いふものの間に、以前と少しも變らない彼女とそれから槇を見出すことを、そして僕一人だけがひどく變つてゐるのであることを欲する。が、すぐ僕は暗い豫感を感じる。僕には彼女が僕の眼を避けてゐるとしか見えない。
「なんだ、ばかに悄げてゐるぢやないか」
「どうかしたのかい」
僕は平生のポオズを取らうと努力しながら、友人に答へる。
「ちよつと病氣をしてゐたんだ」
槇が僕を見つめる。そして僕に云ふ。
「さう云へば、この間の晩、ひどく苦しさうだつたな」
「うん」
僕は槇を疑ひ深さうに見つめる。僕は僕が苦しんでゐるのを人に見られることを恐れる。それなのに、自分の傷を自分の指で觸つて見ずにゐられない負傷者の本能から、僕は僕を苦しませてゐるものをはつきりと知りたい欲望を持つた。僕は無駄に彼女の顏をさがしてから、再び槇を見つめながら云ふ。
「どうなつたの、あの娘《メツチエン》は?」
「え?」
槇はわざと分らないやうな顏をして見せる。それから急に顏をしかめるやうに微笑をする。するとそれが僕の顏にも傳染する。僕は自分が自分の意志を見失ひ出すのを感じる。
突然、友人の聲がその沈默を破る。
「槇はやつとあいつ
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