しかし、それは僕に複製の寫眞版を思ひ起させた。この女の細部の感じは後者と比べられないくらゐ粗雜だつた。
女はやつとウイスキイのグラスを取上げて、一口それを飮むと、再び槇の前に置きかへした。槇はその殘りを一息に飮み干した。女はだんだん露骨に槇に身體をくつつけて行きながら、彼を上眼でにらんだり、脣をとがらしたり、腮《あご》を突き出したりした。さういふ動作はその女に思ひがけない魅力を與へた。それが僕の前で、シヤノアルの女の内氣な、そのため冷たいやうにさへ見える動作と著しい對照をなした。僕はこの二人が何處か似てゐるやうで實は何處も似てゐないことを、つまり二人は全てを除いて似てゐるのであることを知つた。そして僕はそこに槇の現在の苦痛を見出すやうな氣がした。
その槇の苦痛が僕の中に少しづつ浸透してきた。そしてそこで、僕と彼と彼女のそれぞれの苦痛が一しよに混り合つた。僕はこの三つのものが僕自身の中で爆發性のある混合物を作り出しはしないかと恐れた。
偶然、女の手と僕の手が觸れ合つた。
「まあ冷たい手をしてゐることね」
女は僕の手を握りしめた。僕はそれにプロフエシヨナルな冷たさしか感じなかつた。
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