部屋の中に見出した。彼の傍には、僕の知つてゐるもう一人の友人が椅子によりかかつて、パイプから大きな煙りを吐き出してゐた。それからもう一人、壁の方を向いて、ベツドの上に大きな袋のやうになつて寢ころがつてゐるものがあつた。僕にはそれが誰だか分らなかつた。
「誰だい」
「槇だよ」
 僕等の聲を聞いて彼は身體をこちらに向き變へた。
「おお、君か」彼は薄眼をあけながら僕を見た。
 僕は神經質な、怒つたやうな眼つきで槇を見つめかへした。僕は彼と隨分長く會はなかつたことを思つた。しかし、僕と彼女との昨日からの行動がもう彼等に知れ渡つてゐて、それが皮肉に僕の前に持ち出されはしないかといふ不安が、さういふ一切の感情を僕から奪ひ去つた。しかし三人ともメランコリツクに默つてはゐたが、その沈默には、僕に對するさういふ非難めいたものは少しも感じられなかつた。僕はそれをすぐ見拔いた。すると僕は大膽になつて、以前のままの親密な氣持を彼等に再び感じながら、槇の寢ころがつてゐるベツドのふちに腰を下した。
 しかし僕には以前と同じやうに槇を見ることが出來なかつた。僕の槇を見る視線には、どうしても彼女の視線がまじつて來るの
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