われているのに気がついた。その時から、私はなるべくその少年の顔を見ないようにした。
或る朝、私はふとベッドから起き上って、こわごわ一人で、窓際《まどぎわ》まで歩いて行ってみたい気になった。それほどそれは気持のいい朝だった。私はそのとき自分の病室の窓から、向うのヴェランダに、その少年が猿股《さるまた》もはかずに素っ裸になって日光浴をしているのを見つけた。彼は少し前屈《まえこご》みになりながら、自分の体の或る部分をじっと見入っていた。彼は誰にも見られていないと信じているらしかった。私の心臓ははげしく打った。そしてそれをもっとよく見ようとして、近眼の私が目を細くして見ると、彼の真黒な脊なかにも、三枝のと同じような特有な突起のあるらしいのが、私の眼に入った。
私は不意に目まいを感じながら、やっとのことでベッドまで帰り、そしてその上へ打つ伏せになった。
少年は数日後、彼が私に与えた大きな打撃については少しも気がつかずに、退院した。
底本:「燃ゆる頬・聖家族」新潮文庫、新潮社
1947(昭和22)年11月30日発行
1970(昭和45)年3月30日26刷改版
198
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