しかし私はだんだんそれに返事を出さなくなった。すでに少女らの異様な声が私の愛を変えていた。私は彼の最近の手紙によって彼が病気になったことを知った。脊椎カリエスが再発したらしかった。が、それにも私は遂《つい》に手紙を出さずにしまった。
 秋の新学期になった。湖畔から帰ってくると、私は再び寄宿舎に移った。しかし其処《そこ》ではすべてが変っていた。三枝はどこかの海岸へ転地していた。魚住はもはや私を空気を見るようにしか見なかった。……冬になった。或る薄氷りの張っている朝、私は校内の掲示板に三枝の死が報じられてあるのを見出《みいだ》した。私はそれを未知の人でもあるかのように、ぼんやりと見つめていた。

        ※[#アステリズム、1−12−94]

 それから数年が過ぎた。
 その数年の間に私はときどきその寄宿舎のことを思い出した。そして私は其処に、私の少年時の美しい皮膚を、丁度|灌木《かんぼく》の枝にひっかかっている蛇《へび》の透明な皮のように、惜しげもなく脱いできたような気がしてならなかった。――そしてその数年の間に、私はまあ何んと多くの異様な声をした少女らに出会ったことか! が、そ
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