かお》り、同じようなランプの仄《ほの》あかりが、僅《わず》かに私たちの中に前夜の私たちを蘇《よみがえ》らせた。私たちは漸《ようや》く打解けだした。私たちは私たちの不機嫌を、旅先きで悪天候ばかりを気にしているせいにしようとした。そしてしまいに私は、明日汽車の出る町まで馬車で一直線に行って、ひと先《ま》ず東京に帰ろうではないかと云い出した。彼も仕方なさそうにそれに同意した。
その夜は疲れていたので、私たちはすぐに寝入った。……明け方近く、私はふと目をさました。三枝は私の方に脊なかを向けて眠っていた。私は寝巻の上からその脊骨の小さな突起を確めると、昨夜のようにそれをそっと撫でてみた。私はそんなことをしながら、ふときのう橋の上で見かけた、魚籠をさげた少女の美しい眼つきを思い浮べた。その異様な声はまだ私の耳についていた。三枝がかすかに歯ぎしりをした。私はそれを聞きながら、またうとうとと眠り出した……
翌日も雨が降っていた。それは昨日より一そう霧に似ていた。それが私たちに旅行を中止することを否応《いやおう》なく決心させた。
雨の中をさわがしい響をたてて走ってゆく乗合馬車の中で、それから私たち
前へ
次へ
全19ページ中14ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
堀 辰雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング