彼女の声は、彼女の美しい眼つきを裏切るような、妙に咳枯《しゃが》れた声だった。が、その声がわりのしているらしい少女の声は、かえって私をふしぎに魅惑した。
今度は私が質問する番だった。私はさっきからのぞき込んでいた魚籠を指さしながら、おずおずと、その小さな魚は何という魚かと尋ねた。
「ふふふ……」
少女はさも可笑《おか》しくって溜《たま》らないように笑った。それにつれて、他の少女たちもどっと笑った。よほど私の問い方が可笑しかったものと見える。私は思わず顔を赧らめた。そのとき私は、三枝の顔にも、ちらりと意地悪そうな微笑の浮んだのを認めた。
私は突然、彼に一種の敵意のようなものを感じ出した。
私たちは黙りあって、その村はずれにあるという乗合馬車の発着所へ向った。そこへ着いてからも馬車はなかなか来なかった。そのうちに雨が降ってきた。
空《す》いていた馬車の中でも、私たちは殆《ほと》んど無言だった。そして互に相手を不機嫌にさせ合っていた。夕方、やっと霧のような雨の中を、宿屋のあるという或る海岸町に着いた。そこの宿屋も前日のうす汚《ぎたな》い宿屋に似ていた。同じような海草のかすかな香《
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