ところへ指をつけながら、
「これは何だい?」と訊いてみた。
「それかい……」彼は少し顔を赧《あか》らめながら云った。「それは脊椎《せきつい》カリエスの痕《あと》なんだ」
「ちょっといじらせない?」
 そう云って、私は彼を裸かにさせたまま、その脊骨のへんな突起を、象牙《ぞうげ》でもいじるように、何度も撫《な》でてみた。彼は目をつぶりながら、なんだか擽《くすぐ》ったそうにしていた。

 翌日もまたどんよりと曇っていた。それでも私たちは出発した。そして再び海岸に沿うた小石の多い道を歩きだした。いくつか小さい村を通り過ぎた。だが、正午頃、それらの村の一つに近づこうとした時分になると、今にも雨が降って来そうな暗い空合になった。それに私たちはもう歩きつかれ、互にすこし不機嫌になっていた。私たちはその村へ入ったら、いつ頃乗合馬車がその村を通るかを、尋ねてみようと思っていた。
 その村へ入ろうとするところに、一つの小さな板橋がかかっていた。そしてその板橋の上には、五六人の村の娘たちが、めいめいに魚籠《びく》をさげながら、立ったままで、何かしゃべっていた。私たちが近づくのを見ると、彼女たちはしゃべるのを止《や》めた。そして私たちの方を珍らしそうに見つめていた。私はそれらの少女たちの中から、一人の眼つきの美しい少女を選びだすと、その少女ばかりじっと見つめた。彼女は少女たちの中では一番年上らしかった。そして彼女は私がいくら無作法に見つめても、平気で私に見られるがままになっていた。そんな場合にあらゆる若者がするであろうように、私は短い時間のうちに出来るだけ自分を強くその少女に印象させようとして、さまざまな動作を工夫した。そして私は彼女と一ことでもいいから何か言葉を交《か》わしたいと思いながら、しかしそれも出来ずに、彼女のそばを離れようとしていた。そのとき突然、三枝が歩みを弛《ゆる》めた。そして彼はその少女の方へずかずかと近づいて行った。私も思わず立ち止りながら、彼が私に先廻りしてその少女に馬車のことを尋ねようとしているらしいのを認めた。
 私はそういう彼の機敏な行為によってその少女の心に彼の方が私よりも一そう強く印象されはすまいかと気づかった。そこで私もまた、その少女に近づいて行きながら、彼が質問している間、彼女の魚籠の中をのぞいていた。
 少女はすこしも羞《はに》かまずに彼に答えていた。
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