まうかも知れないなぞと考えたりしていた。
彼はやっと帰って来た。私はさっきから自分の枕許に蝋燭をつけぱなしにしておいた。その光りが、服をぬごうとして身もだえしている彼の姿を、天井に無気味に映した。私はいつかの晩の幻を思い浮べた。私は彼に今まで何処へ行っていたのかと訊いた。彼は眠れそうもなかったからグラウンドを一人で散歩して来たのだと答えた。それはいかにも嘘《うそ》らしい云い方だった。が、私はなんにも云わずにいた。
「蝋燭はつけておくのかい?」彼が訊いた。
「どっちでもいいよ」
「じゃ、消すよ……」
そう云いながら、彼は私の枕許の蝋燭を消すために、彼の顔を私の顔に近づけてきた。私は、その長い睫毛《まつげ》のかげが蝋燭の光りでちらちらしている彼の頬を、じっと見あげていた。私の火のようにほてった頬には、それが神々《こうごう》しいくらい冷たそうに感ぜられた。
私と三枝との関係は、いつしか友情の限界を超《こ》え出したように見えた。しかしそのように三枝が私に近づいてくるにつれ、その一方では、魚住がますます寄宿生たちに対して乱暴になり、時々グラウンドに出ては、ひとりで狂人のように円盤投げをしているのが、見かけられるようになった。
そのうちに学期試験が近づいてきた。寄宿生たちはその準備をし出した。魚住がその試験を前にして、寄宿舎から姿を消してしまったことを私たちは知った。しかし私たちは、それについては口をつぐんでいた。
※[#アステリズム、1−12−94]
夏休みになった。
私は三枝と一週間ばかりの予定で、或る半島へ旅行しようとしていた。
或るどんよりと曇った午前、私たちはまるで両親をだまして悪戯《いたずら》かなんかしようとしている子供らのように、いくぶん陰気になりながら、出発した。
私たちはその半島の或る駅で下り、そこから二里ばかり海岸に沿うた道を歩いた後、鋸《のこぎり》のような形をした山にいだかれた、或る小さな漁村に到着した。宿屋はもの悲しかった。暗くなると、何処からともなく海草の香りがしてきた。少婢《こおんな》がランプをもって入ってきた、私はそのうす暗いランプの光りで、寝床へ入ろうとしてシャツをぬいでいる、三枝の裸かになった脊中に、一ところだけ脊骨が妙な具合に突起しているのを見つけた。私は何だかそれがいじってみたくなった。そして私はそこの
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