を離《はな》れた。……しかし懐中電気を手にしていた男の方でも、そんなところに思いがけず私たちが突っ立っていたのに、面喰《めんくら》ったらしかったが、その一人が私だと気がつくと、
「××君じゃない?」と私の名前をためらいがちに言った。そう言われて、私が一層驚いて、まぶしそうに顔をしかめながら振《ふ》り向いて見ると、それは私の学生時代からの友人であった。それと同時に、私はその友人の背後に、若い女たちが二三人、まだ不審《ふしん》そうに闇《やみ》を透《す》かしながらこちらを見つめているのに気がついた。それはその友人の若い妻君や妹たちであった。私は彼女たちにちょいと会釈《えしゃく》をして、それから気まり悪そうに微笑しながら、
「なあんだ、君たちか! ――何時《いつ》、こっちへ来たの?」
「昨日来た。さっき君んところへ寄ったら留守だと言うんで、それから細木さんのところへ行って見たんだ。あそこの家もみんな出払《ではら》っているんだ……」
 私はその友人の言葉を聞き終えるか終えないうちに、本通りの方の曲り角から一かたまりの人影がこっちへ曲って来だしたのを認めた。
「じゃあ、構わないから、僕《ぼく》んと
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