きりだった。が、その次の瞬間《しゅんかん》には、私はその同じ茂みのうちに殆ど二三十ばかりの花と、それと殆ど同数の半ば開きかかった莟《つぼみ》とを数えることが出来た。それはごく僅《わず》かの間だったが、そんな風に私が自分の視線のなかに自分自身を集中させてしまってからと言うもの、そんなにも簇《むら》がっているそれ等の花がもう先刻《さっき》のように好い匂《におい》がしなくなってしまっていることに私は愕《おどろ》いた。そうして改めてそれを嗅《か》ごうとすると、そうするだけ一層それは匂わなくなって行くように見えた。――私は注意深く歩き続けながら、順ぐりにいくつかの野薔薇の木とすれちがって行ったが、とうとう私はいつかレエノルズ博士がその上に身を跼《こご》めていた一つの茂みの前まで来た。私は思わずそこに足を停《と》めた。――
 そうして私はその野薔薇の前に、ただ茫然《ぼうぜん》として、何を考えていたのか後で思い出そうとしても思い出せないようなことばかり考えていた。どれよりも最も多くの花を簇がらせているように見えるその野薔薇とそっくりそのままのものを何処《どこ》かで私は一度見たことがあるように思えて、
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