見えているのだろう? とそういう現在の私自身にも興味を持ったりした。
 峠を下り切ったところに架《かか》っている白い橋の上に、小さな男の子が一人、鞄《かばん》を背負《せお》ったまま、しょんぼりと立っていた。私の連れ立っている子供たちがその男の子に同時に声をかけた。彼等を見るとその男の子はにっこりと微笑《びしょう》した。が、私にも気がつくと、人見知りでもするかのように、橋の下の渓流《けいりゅう》の方へその小さな顔をそむけた。私も私で、しばらくその渓流をぼんやり見下ろしていた。さっき林のなかの空地で子供の一人《ひとり》が漠然と指したそのずっと上流にあたる方を心のうちに描《えが》きながら。それから私は三人の子供たちに小銭《こぜに》をすこし与《あた》えて、彼等と別れた。

     ※[#アステリズム、1−12−94]

 雨が降り出した。そうしてそれは降り続いた。とうとう梅雨期《ばいうき》に入ったのだった。そんな雨がちょっと小止《おや》みになり、峠の方が薄明るくなって、そのまま晴れ上るかと思うと、峠の向側からやっと匍《は》い上って来たように見える濃霧《のうむ》が、峠の上方一面にかぶさり、やが
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