《ずいぶん》好きでもあり、そういう出来事に出遇《であ》ったということでその人を羨《うらや》ましくも思って来たが、私自身でそう言うものを書いてみようとも、又、書けそうにも思えなかった。が、それだけ一層、今の私はそういう牧歌的なもの[#「牧歌的なもの」に傍点]を書いてみたいと思い立ったのである。――私はしかし、それを書くためには、いま自分の暮らしつつあるこの村を背景にするよりほかはなく、と言って一月《ひとつき》や二月ぐらいの滞在中にそういう出来事が果して私の身辺に起り得《う》るものかどうか疑わしかった。莫迦莫迦《ばかばか》しいことだが、私は何度も林の中の空地で無駄《むだ》に待ち伏《ぶ》せたものだった。男の子のように美しい田舎の娘がその林の中からひょっこり私の前に飛び出して来はしないかと。……そんな空《むな》しい努力の後、やっと私の頭に浮《うか》んだのは、あのお天狗《てんぐ》様のいる丘《おか》のほとんど頂近くにある、あの見棄《みす》てられた、古いヴィラであった。あのヴィラを背景にして、そこに毎夏を暮らしていた二人の老嬢《ろうじょう》のいかにも心もとなげな存在を自分の空想で補いながら書いて行く
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