ナトリウムの方からその土手をうんうん言いながら重たそうに荷車を引いてくる者があるので、私は道をあけようとして立ち上った。見ると、それは一台の塵芥車《ごみぐるま》だった。私は、とんでもないものがこんなところを通るんだなあと思いながら、道ばたの灌木《かんぼく》の中へすっぽりと身体《からだ》を入れながら、よそっぽを向いていた。が、その塵芥車がやっと私の背後を通り過ぎたらしいので何気《なにげ》なくちらりとそれへ目をやると、その箱車のなかには、鑵詰《かんづめ》の鑵やら、唐《とう》もろこしの皮やら、英字新聞の黄ばんだのやら、草花の枯《か》れたのやらが、一種汚らしい美しさで、ぎっしりと詰《つ》まっていた。そしてその車の通った跡には、いつまでも腐《くさ》った果物に似た匂《にお》いが漂《ただよ》っていた。……私はこんな塵芥車のようなものにも、いかにもこの外国人の多い村らしい独得な美しさのあるのを面白《おもしろ》がって、それをちょっと見送った後、再びさっきのアカシアの木蔭へぼんやり腰を下ろしていると、ものの数分と経たないうちに、私はまたしても私の背後へ近づいてくる車の音でもって、立ち上らなければならなかった。それもまた、前のとそっくり同じような、塵芥車だった。そしてそれから小一時間ばかりの間に、私はこの土手を通りすぎる同じような塵芥車を、ほとんど十台ぐらい数えることが出来た。――何処かこの先きの方にでも、きっとこの村の芥棄《ごみす》て場があるんだなと、それにはじめて気がつくや否《いな》や、私は漸《や》っとのことで、このサナトリウムの土手がこんなに凸凹になり、汚らしくなっている原因にも気がつきだした。そうしてそれとほとんど一緒に、もうこんなにこの村には沢山《たくさん》の外国人がはいり込んでいるのかなあと思いながら、私はすこし呆気《あっけ》にとられたように、いましがた私の背後を通り過ぎて行ったばかりの、その最後の塵芥車《ごみぐるま》をいつまでも見送っていた。……
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   暗い道

「どっちへ向いて行くんだか、私にはちっとも分らないわ」彼女はいくらか上《うわ》ずったような声で言った。
「実は僕にも分らなくなっちゃったのさ……」私はそう返事をしながら、彼女の方を見やったが、その白い顔の輪廓《りんかく》がもうほとんど見分けられないくらいの暗さになりだしていた。実際私自身にもこんな
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