ぎわに、一輪の向日葵《ひまわり》が咲きでもしたかのように、何んだか思いがけないようなものが、まぶしいほど、日にきらきらとかがやき出したように思えた。私はやっと其処《そこ》に、黄いろい麦藁帽子《むぎわらぼうし》をかぶった、背の高い、痩《や》せぎすな、一人の少女が立っているのだということを認めることが出来た。……誰かを待っているらしいその少女は、さっきから中庭のあちらこちらに注意深そうな視線をさまよわせていたが、最後にその視線を、離れの窓から彼女の方をぼんやり見つめていた私の上に置いた。そんな最初の出会《であい》の時には、大概《たいがい》の少女たちは、自分が見つめられていると思う者からわざとそっぽを向いて、自分の方ではその者にまったく無関心であることを示したがるものだが、そんな羞恥《しゅうち》と高慢さとの入り混った視線とは異って、私の上に置かれているその少女の率直《そっちょく》な、好奇心《こうきしん》でいっぱいなような視線は、私にはまぶしくってそれから目をそらさずにはいられないほどに感じられたので、私はそのときの彼女――最初に私の目の前に現れたときの彼女に就《つ》いては、そのやや真深かにかぶった黄いろい帽子と、その鍔《つば》のかげにきらきらと光っていた特徴《とくちょう》のある眼《まな》ざしとよりほかには、殆《ほと》んど何も見覚えのない位であった。……やがて別館から彼女の父らしいものが姿を現した。そしてその二人づれは私の窓の前を斜《なな》めに横切って行ったが、見ると、彼女はその父よりも背が高いくらいであった。そしてその父らしいものが彼女にしきりに話しかけるのに、彼女はいかにも気がなさそうに返事をしながら、いつまでも私の方へ躑躅《つつじ》の茂みごしにその特徴のある眼ざしをそそぎつづけていた。……その二人が中庭を立ち去ってしまった跡《あと》も、私はしばらく、今しがたまでその少女が向日葵《ひまわり》のように立っていた窓ぎわの方へ、すこし空虚《うつろ》になった眼ざしをやっていたが、ふと気づくと、そこいらへんの感じが、それまでとは何んだかすっかり変ってしまっているのだ。私の知らぬ間に、そこいら一面には、夏らしい匂《にお》いが漂《ただよ》い出しているのだった。……
その日の夕方の、別館の方への私の引越《ひっこ》し、(今まで私の一人《ひとり》で暮らしていた、古い離《はな》れが修繕《し
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